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​神道と弓﨑神社の歴史

​神道とは

​ 神道の神々は八百万(やおよろず)の神と呼ばれ、海の神、山の神、風の神などのように自然物や自然現象を司る神々や、衣食住や生業を司る神々、また国土開拓を司る神々など実に様々です。
 神道の教えには古代から培われてきた日本人の叡智や価値観が生きており、「鎮守の杜(神社を囲むように存在する森のこと)に代表される自然を守り、自然と人間とが共に生きていくこと」「祭りを通じて地域社会の和を保ち、一体感を高めていくこと」「子孫の繁栄を願い、家庭から地域、さらには皇室をいただく日本という国の限りない発展を祈ること」などがあります。このような教えが神道では神々への信仰と一体となって形作られており、また神道には、神々をまつる環境として「清浄を尊ぶ」という特徴があります。神社は常に清らかさが保たれ、祭りに参加する人々は必ず心身を清めます。これらの神道の教えや特徴は日本人の生き方に深く影響していると考えられ、「整理整頓」「感謝の心」「気配り気遣い」「おもてなしの気持ち」など、日本人特有の感性を形作る原点になっているのかもしれません。

​弓﨑神社

 弓﨑神社の創建は諸伝があり定かではありません。日本武尊弓立や義綱弓立と呼ばれていたり、中臣勝海の後裔出浦某の勧請など幾つかの伝承があります。八幡山上方字弓立の頂上に弓矢八幡宮を祭り、後に今の地に移して安政3年(1857)3月弓﨑神社の社号を受けたとされています。
 前述した義綱とは、鎌倉幕府の御家人で後に謀反を起こして失敗し、消息を絶ったとされる泉親衛の子孫であろうと考えられている小泉氏の系譜で、村上義清の同族執事としてこの地域で権力を振るっていました。様々なことを総合すると、少なくとも室町時代後期にはすでに小泉地域一帯の鎮守として弓﨑神社は存在していたと考えられています。また、江戸時代に入ると天明6年(1786)に当時の天災飢饉を祓う雨乞いの神事を小泉組として行っている記録が残っていることから、荘園時代からずっと小泉一帯の鎮守としての役割を担っていたものと思われます。
 現在の社殿は里宮で、奥社は弓立山頂にあります。里宮の作りは建築様式から江戸時代のものと考えられ、前述した安政3年の社号を受ける前の創建なのかもしれません。明治6年(1873)に神社庁より郷社の格を与えられ、これによって府県社の下、村社の上の社格を持ちました。
​ 明治40年(1907)に当時の陸軍大臣だった寺内正毅から贈られた戦利兵器奉納の記という感謝状が今も神社の社務所に飾られています。これは日露戦争の戦利品を一定の格を持つ神社や寺院に寄贈したもので、弓﨑神社も郷社として贈られたものです。
​ 明治45年(1912)には各区にあった8つのお宮を弓﨑神社に合祀することになります。横山区の出浦社伊勢神宮、和合区の神明社、町小泉区諏訪社泉神社、そして日向区からは若宮八幡宮、飯綱社、金比良社、蚕祖社、天白社の合計8社です。明治30年に社格制度ができたことをもとに、明治政府は39年に神社合祀令を発令しました。この目的は神社の数を減らして残った神社に経費を集中させることで、一定基準以上の設備・財産を蓄えさせ、神社の威厳を保たせたまま神社の継続的経営を確立することにありました。それに伴って地方公共団体から府県社以下の神社に公費の負担をもとめる動きも現れ、この時期全国的に神社の合祀が拡大したわけです。太平洋戦争末期には戦没者を追悼する慰霊碑が現在の第六中学校校庭隅に設けられましたが、昭和22年(1947)に弓﨑神社が境内の一部を無償貸与するかたちで弓﨑神社の敷地内に移転されました。
​ 郷社という高い社格を保有していましたので、戦後昭和前半に生まれた方々の多くは七五三のお参りとして生島神社よりも弓﨑神社で参拝されたようです。現在80歳を越えられた地元の方々からは「昔はね、弓﨑神社で七五三やったんだよ。」というお話を度々お聞きすることがあります。神社としての今の活動は、年に3回の祭祀、護符のとりまとめ、初詣などがあり、今でも地域の安全と繁栄を祈願する場所として小泉地域の方々の信仰の拠点であり、各区の氏子総代と祭典係がその伝統と慣習を守り続けています。

​                         令和7年8月記
​神道言葉辞典
 神饌(しんせん)とは、神社の神棚に供える供物のことで、神事の際に供える食物を神饌として御饌(みけ)あるいは御贄(みにえ)とも呼ばれます。
​ 一年の節目に行われる祭祀は神事と祭礼から成り立っており、神事の際にはその地域の人々が特別な恩恵を享受できたとして、食物を神饌として捧げてきました。捧げられる神饌は主食である米をはじめとして、塩、水、酒、海の幸、山の幸、その季節に採れる旬の食物、地域の名産、祭神と所縁のあるものなどが選ばれ、儀式の終了後に捧げたものを参列者が共に食することにより、神との一体感を持ってその加護と恩恵を受けようとする「直会(なおらい)」と呼ばれる儀式が行われます。
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